クラフトマンの「鳴り」と「抑え」の周期から アコギのいい音への感覚は変化するのかもという話

先日のK.YAIRIオフィシャルブログでの記事。道前氏が、アコギの鳴りについて興味深い(少なくとも僕は)記事を書かれています。

「鳴り」と「抑え」の周期

が製作者目線で、訪れるということ。

道前氏いわく、若かりし日はひたすら「鳴り」を追及されていたようで

めざせ爆鳴り!

一直線だったとか。

年を重ねるごとに、抑えを意識するとの事で、そんな周期が作り手側にあるとの事。

この場合の「抑え」。おそらく、いたずらに音がなっている状態というか、いわゆるバランス感のある音をそう表現しているのではと。

これには心あたりがあって「鳴るギター」の音に、ふと疲れる事があったり耳障りに感じる事があったり。

弾く側からもそのような事がありますが、製作者側にもそのような意識があるとは驚きです。

もっと言えば、好きな音とか自分にとっていい音の定義って年を重ねる事に変化する...という事にも。


  • 「あのブランドの音がよかった」
  • 「昔弾いていたアコギはいい音だった」


等など、音に関する談義はありますが、ひょっとすると今聞けばそこまで思わないかもしれないのが

なのかも。

購入と転売を繰り返されている愛好者の方がいらっしゃいますが、案外この法則にはまって永遠に探し続けられているのかも...

そんな風に思った次第です。

※参考サイト
K.YAIRI オフィシャルブログ「収束点」

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