ある小説のセリフから改めて考えた事 写真に写っているのはリアルか否か

写真ってのはリアルな自分を映してるなぁ~ってそう思う。最近の自分が映った写真が思っている以上におっさんであっても、それはもうリアル。たま~にスマホで自撮りモードになったときに気づくそのリアル性。...そう写真はリアルなんですよぉ。

写真は完全にリアルを映しているのか?



昔の写真の自分を見ながら感じるのは、年を重ねたって事ともう一つ思うのは楽しそうだなぁ~って事なんですよ。アルバムなんかに残っている

記念写真って基本みんな笑っている

やないですか、楽しそうにね。そりゃ~そうですよね。写真って楽しい思い出を残すもんですから。...とそんな風に思ってんやけど、最近手に取った小説の中に考えさせる事があってですね...

アルバムは笑顔でいっぱいだ。そういう写真ばっかり見てると、だんだん記憶が改ざんされていくんだよね。その当時、その集団が本当に和気あいあいとしていたかのような錯覚に陥っていく。実際は、ぎくしゃくしていたり、いじめられたり、愛憎渦巻いていたりするのに。 ~『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田陸



まぁ~こんなセリフがあったんですわ。未来の自分には「笑い」「楽しさ」のみを残して

決してリアルなものを残してない

ってね。なるほどぉ~そうかもしんない。

小説自体はね、あまり好きな小説じゃなかったんですよ。読了しても『結局は何?』って感じで、心に残ったのはこのセリフだけというちょっと変わった小説やったね(^_^;)。思いっきり推薦はできないけど、いかがでしょう?

写真って笑いだけでなくてもいいかもね

喜怒哀楽ってのが人の心にはあるわけですよね。そんな感情含めてリアルに写真に残すってのもいいなぁ~ってね。例えば「悔し涙」とか「許せない怒り」とかも。きっとそんな写真であっても

『あぁ~こんな事あったなぁ~』

って懐かしく思えるように思うんよ。楽しそうに笑っている写真のようにね。だって人生って楽しい事ばっかりじゃないやないっすか。色んな部分含めてリアルな人生なんやからね。そんな記念達をこれからは撮影していこうかな...。どんな記念やねん!って話ですけどね(^_^;)。

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