明治の文豪 夏目漱石「虞美人草」を読んでみて とにかく物語に浸れました

一冊の本を読んでこれほど色々な思いを去来した事って記憶がないかな。

10月31日は何の日? 同じ事をしても紙一重の違いでそう呼ばれる人達の言葉

コチラ↑↑に書いたように、11月から明治の文豪「夏目漱石」を読んだわけです。で、読んだのが


「虞美人草(ぐびじんそう)」。この小説は漱石が東大教授を辞めて、職業作家になって初めて書かれた小説って事で有名やけど、識者の間では

名作とか秀作ではなく失敗作

とまで言われてる作品。あと漱石好きの高校の国語の先生も「いい作品だけど、とにかく難しい」っておっしゃってたように、世間的にもそんな評価もあるみたい。でもこの作品が漱石で一番好きというレビューもあったりで随分前から興味はあったんよね。

で、まずは読んでみた所感を

読んでみてまず思ったのが、とにかく難しい(^_^;)。あまりに難しすぎて読むのに時間がかかって仕方がないわけよ。当然ね。明治の作品だから、文体が古いだろうから読みにくいってのは思ってたけど、その想像をはるかに超える難解さ。この文体になれるまでがとにかく大変で、途中挫折したくなったけど物語がすすむにつれて難しさもマシになってようやく読めるようになってきたって感じだった。それがですよ。後半には読むのが止まらなくなるほど、引きこむ力があるんよね。明治の文豪ここにあり!って感じ。で、読了後は完全に”とりこ”になっちゃってたね。

その内容に触れてみると

「事実は小説より奇なり」って言うじゃないですか。って事は、小説には「ありえない」事がよく書かれるって事よね。そういう意味では、「ありえない」って事が何一つないわけよ。時代背景の違いからそう感じるだけかもしれないけど、「あ~普通にどこでもある事やな」って感じ。ともすれば、刺激的な話は少しもないわけね。

でもその分一回読んだくらいでは理解できないくらい、情景や心情が丁寧に描写されているわけです。普段読んでた小説ってのは、色々な出来事やトピックスや刺激的な会話が流れてるけど、そんな情報が少ない分、情景や心情に専念できるって感じかな。つまりはその物語に浸れるって事だと思う。そんな感じで登場人物のキャラクターが上手く描かれているんで、会話の一つ一つが生きているのもよかったなぁ。今更ながら小説ってこうなのかって思いました。

あと、”ある言葉”について強烈に考えさせられた。「真面目」という言葉で、これは読んでもらったらわかると思う。僕は読む中で、また読了後もその言葉について色々考えたんやけど、それが凄く有意義な時間でした(^^)。この余韻を味わう感覚も、あまりない感じやったね。

「虞美人草」読了後

現代の作家の小説を手に取って読み始めたんやけどね...なんか色々刺激的な出来事が起きすぎるんよ(^_^;)。なんかうるさく感じちゃってね。なので、次も漱石の小説を手に取って読み始めました。もっともっと明治の文豪の文体に慣れて、もう一度「虞美人草」を読んでみたいなって。何しろ難しい小説だったんでね。半分も理解できてないと思うんよ。だから、まだまだ読みこみたいって思ってます(^^)。

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