きっちりしっかり...に秘められた皮肉の理由 白黒つけない事がいい場面がある

2019年10月12日

Life Log つぶやき

『きっちりしている』...ルーズの反対なわけですから、基本的には褒め言葉のように思うけど、ちょっと皮肉が含んでるような気がするのは僕だけかな。良い事・悪い事や必要な事・不要をはっきりとした価値観で判断できて行動できるわけですからいい事なはずです。でもなぁ~。繰り返し言うとちょっと非難めいた響きがありませんかね~「きっちり」って。

きっちりするという事


きっちりするって事には遊びがない、余裕が無いともとれるからかな、ちょっとマイナスイメージを感じるのは。確かにきっちりしている人ってのは

自分にきっちりしている分、他人にもそれを求めがち

ってのはある。

Tumblr Note
「私が尊敬して仰ぎ見るような本当に偉大な人々は、それこそ私を批判するだけの権利を十分にもっているのに、決まって寛容で、私の努力の至らない部分を見逃してくれ、いつもその裏に何か肯定的なものを見ようとしてくれた」(V・フランクル)
そのとおり。自分がきっちりして何でもできるからって、他人に必要以上に批判する必要も権利も...そして偉くもないんでね。 きっちりしていない部分があっても、寛容に受け入れる事ができる方が、人間的に大きく思うもん。

常盤ちゃんのエッセイにも

増税前には単純に一番欲しいモノを買うべし! あの女優さんの初エッセイを味わい中

先日触れたコチラ↑↑のエッセイにも同じような事が書かれてました。亡くなられた野際陽子さんがどんな場面においてもイライラする事なかったそうな。
気付かないフリをされていたのだと思う。それは人間関係においてとてつもなく高度な方法だと気付かされた
って。そうかぁ~、場面や人によってはきっちりして指摘するよりも、あえて見ぬふりする方が結果的にはお互いいいわけやね。僕は気付けば、よかれと思ってついつい言っちゃうけど、そこは知らぬふりをする余裕こそが人間力ってこと。改めて心がける事にしましょう(^^)。

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